世界子ども音楽祭2021 in 東京
仲間とともに奏で歌い、困難を乗り越える
2021年3月29日(月)東京芸術劇場コンサートホールにて『世界子ども音楽祭2021 in 東京:仲間とともに奏で歌い、困難を乗り越える』を開催致しました。
準備期間から約3年、昨年の新型コロナウイルス感染症拡大による公演延期という逆風にも負けず、ようやく開催に至った今回のコンサート。
“仲間と共に奏で歌い、困難を乗り越える”という今回の音楽祭のテーマの通り、集まって一緒に演奏することが困難な中でも懸命に練習を重ねてきた子どもたちが奏でる音楽に、会場でご鑑賞いただいた皆様からも生配信でご覧いただいた皆様からも、盛大な拍手と温かなご感想を頂きました。
音楽祭は、代表の菊川による「今回のコンサートは特別です。」というあいさつで幕を開けました。
「歴史的にも人類は、様々な困難に直面した時にこそ、魂の糧となる音楽を通して、各々の心に火を灯し、喜びを感じ、平穏を保ち、他者を想い、希望を掲げ、勇気を持って乗り越えてきました。当初予定していた第九を通して祝おうとしていた多様性や平和。コロナによって、そんな状況ではなくなってしまいましたが、私たちは音楽で繋がり、前を向いて歩み続けることをあきらめません。」
その言葉を受けて最初にホールを包んだのは、モーツァルト不朽の名作「アヴェ・ヴェルム・コルプス」。コーラス音楽監督の古橋富士雄先生の指揮で、東京ホワイトハンドコーラス、相馬子どもオーケストラ&コーラス、有志の音楽家達が温かな響きを奏でました。
この曲は、相馬子どもオーケストラ&コーラスが発足当初から2011年の東日本大震災で犠牲となった方々への追悼の思いを込めて大切に演奏してきた曲です。音楽祭のステージでは、それに加えてコロナ禍で苦しむ世界に平穏な日々が再び戻ることへの祈りを込め演奏した子どもたち。弦楽器と歌の美しいハーモニーが会場を包み込みました。
続いて演奏されたのは、東京ホワイトハンドコーラスと相馬子どもコーラスによる上田真樹作曲・林望作詩の童声合唱組曲「あめつちのうた」。
今回は参加が叶わなかった東京ホワイトハンドコーラスのサイン隊代表者によるビデオメッセージが上映されたのち、子どもたちがのびのびと歌い上げました。客席には作曲者の上田真樹先生のお姿も!
詩の世界を表現しようと練習してきた一人一人の声が、1つになることによって、さらなる一体感が生まれていました。
東京ホワイトハンドコーラスの子どもたちは今年度対面で練習することが難しくなり、主にオンラインを活用した練習を行ってきましたが、今回の演奏会でみんなとステージで2曲を歌うことができました。
「オンラインの練習では、みんなで歌っている、という感じがあまりしなくて、一緒に歌っていてもずれてしまうし、画面越しでしか会えずさみしかった。対面での練習は数回しかなかったけど、それぞれが練習してきたからこそ、みんなで歌えたときが楽しかった。第九も練習してきたけど歌えなくなってしまって残念だったけど、アヴェ・ヴェルム・コルプスを歌うことができて楽しかった。」
と、メンバーの一人はコンサート終了後に感想を寄せてくれました。
今回のコンサートでは、東京に集うことのできなかったエル・システマジャパンの各拠点の子どもたち、そして世界のエル・システマの仲間達が、それぞれ魅力あふれる動画で演奏とメッセージを届けてくれました。
大槌子どもオーケストラは、宮沢賢治作詞作曲の「星めぐりの歌」に合わせて、美しい自然と大槌町の様々な魅力を子どもたちが紹介してくれました。大槌学園、大槌高校吹奏楽部の皆さんと一緒に演奏した「ひょっこりひょうたん島」は会場へ元気を運んでくれました。
弦楽器、管楽器、コーラスそれぞれの練習風景を映像や写真で伝えてくれたのは、相馬子どもオーケストラ&コーラス。発表の場だけでは知ることのできない、子どもたちの普段のがんばりを垣間見ることができました。和太鼓やフルートも交えて吹奏楽音楽監督の岡崎明義先生の指揮で演奏した「相馬盆歌」は、迫力満点でした。
駒ヶ根子どもオーケストラは、「ふるさと」のメロディーに乗せて、子どもたち、保護者の方々、指導者の皆さんからのメッセージを寄せてくれました。さらに、たくさん練習したという「きらきら星」の演奏とともに、子どもたちがステイホーム中にお家で練習を頑張った写真も一緒に紹介されました。
会場に来ることができなかった相馬、大槌、駒ヶ根の子どもたちは当日、各拠点ごとに集まって、この音楽祭をライブビューイングで鑑賞していました。ホールから各拠点を生中継で繋げると、手を振ってくれるなど元気な様子を会場に届けてくれました。
その後も、3拠点の子どもたちは後半の「運命」の演奏を駒ヶ根子どもオーケストラの横田先生の実況解説つきで存分に楽しんだそうです。
世界のエル・システマからは、ブラジル、スコットランド/英国、韓国、ニュージーランド、フランス、米国の6か国の仲間たちが、この日のために心を込めたメッセージ動画を準備してくれました。
コロナ禍でのオンラインレッスンやイベントについて語ってくれた仲間や、明るく力強いメッセージを届けてくれた仲間、試行錯誤の末に昨年開催されたコンサートの演奏で魅了してくれた仲間など、音楽を通じて海を越えた国際交流を行うことができました。
休憩を挟み、いよいよ後半はオーケストラ音楽監督の木許裕介先生による指揮で、相馬子どもオーケストラと、世界子ども音楽祭特設オーケストラがベートーヴェンの交響曲第5番「運命」を演奏しました。
実は、この音楽祭では当初ベートーヴェンの「第九」を演奏する予定でした。しかしコロナ禍で曲目変更を余儀なくされ、演奏曲を急遽「第九」から「運命」に変更することが決まったのは年が明けてからのことで、本番までわずか2か月と少しの時でした。しかも緊急事態宣言の延長や、東北地方での大きな地震なども重なって、予定していた数少ないリハーサルすら、次々と中止にせざるを得ないという事態に見舞われました。しかし相馬の子どもたちは、このように難しい状況にあっても決して諦めることなく練習を続け、限られた合奏の機会に全力で臨み、ぐんぐんと成長していきました。そして本番のステージでは、今回の音楽祭のために特別に編成された「世界子ども音楽祭特設オーケストラ」の大人たちと共に、全身全霊を注いで一期一会の演奏をすることができました。
あまりにも有名な「運命」の冒頭。全員が固唾を飲んで見守る中に鳴り響いた最初の音は、言葉にならないほど、壮絶で重厚な響きでした。木許先生はリハーサルで、「この曲は、運命を乗り越えて勝利に至るのではなく、運命を受け入れて運命と<共に>歩むという決意に至る過程を描いていると思う。ここに至るまでの苦しみもすべて受け入れて、それでも未来へ歩んでいくような、希望に満ちた演奏をしよう。」と話されていたそうですが、まさしく今ここで、何かとてつもないことが起こるという予感と決意を感じずにはいられない第一楽章が鳴り響きました。
朗々と歌い上げつつもどこか孤独を感じさせる第二楽章、ほとんど聞こえないほどの最弱音で紡ぎ出された第三楽章を経て辿り着いた、第四楽章の爆発!大きなホールならではの豊かな響きを活かした悠々たるテンポで、喜びに満ちた音がホールに溢れました。最後の音に至った時、子どもたちの顔には、「やりきった」という達成感と、この時間が終わってしまうことへの寂しさの両方が浮かんでいたように思います。そして会場から湧き上がった割れんばかりの拍手のなかで、子どもたちは一人一人、木許先生と舞台で肘タッチを交わし、晴れやかな顔でステージを後にすることができました。
ステージに集ったすべての人の想いが重なった今回の「運命」。相馬子どもオーケストラのバイオリンパートのメンバーから寄せられた感想をご紹介させて頂きます。
「"上級生に教えられる側"から"上級生として教える側"になって初めて臨んだ今回のコンサート。自分の成長を感じると同時に、今回で一緒のステージは最後となる先輩方への感謝の気持ちが溢れ出て、本番中はただただ「この時間がもっと続けばいいのに」と思いながら演奏していました。長いようで短い40分間でした。今回改めて"音楽の力"というものを感じました。どんな困難があっても私たちは音楽で繋がっていける。あの時あの場所で最高の仲間たちと共に演奏ができたことは、まさに『運命』だと思いました。」
まだ大舞台を終えたばかりの子どもたちですが、相馬子どもオーケストラのフルートパートのメンバーからは「早く海外のオーケストラのみんなとも一緒に演奏できるようになるのを楽しみにしています。」というコメントが、東京ホワイトハンドコーラスの子どもたちからは「次こそは第九を歌いたいです!」と早くも次のステップを目指す声が寄せられています。
このような状況下で、開催できたこと自体が本当に奇跡のようなコンサートとなりました。
応援し続けてきてくれた支援者や関係者の皆様。子どもたちを励まし続けてくれた保護者の方々。可能性を信じて、オンラインでもリアルでも熱い指導をしてきてくれた先生方。エル・システマジャパンの全てのスタッフ、インターン、ボランティア。そして、もちろん、仲間と一緒に前に進む勇気を持ち続けた子どもたち。皆様にお礼を申し上げます。
※ステージ上ではソーシャルディスタンスを十分に取った上でマスクを外して舞台上に上がっている場合があります。
※マスクを外している写真は、撮影にあたり一時的に外しています。
写真:田頭真理子 他
文:植田あす美(エル・システマジャパン 広報資金調達担当)
文章協力:三村舞(ボランティア)