翻訳元記事: THE WORLD ENSEMBLE
Maria del Pilar Zorro-Leyva, Villa-Lobos Orchestra Director, Josiah Quincy Orchestra Program
エル・システマのピア・ラーニング(ボストンでの取り組み事例) 著者: Maria del Pilar Zorro-Leyva(アメリカ・ボストン Josiah Quincy Orchestra Program ディレクター)
はじめに
これまでエル・システマでのリーダシップ養成や、アメリカ国内でどういったプログラムが実施されているかについての文章を読んだ。そのうえで私は自らが関与しているボストンのエル・システマのユースオーケストラでpeer to peer(仲間から仲間への学び) がどう実施されてきたかをぜひ皆さんとシェアしたいと思っている。
自身について
私はこれまでに出身地コロンビアのボゴタのエル・システマのユースオーケストラと、現在在住のボストンで講師を務めた経験がある。また、ベネズエラでヴァイオリンを勉強したため、発祥の地でエル・システマを学んだ。
ボストンでエル・システマのピア・ラーニングを導入するにあたって
現在私が働くボストンでは、アメリカ国内の他の都市と同様、音楽教育のモデルが南米で経験したものとは大きく違い、エル・システマの支援を導入するにあたって、いくらか修正する必要があった。
ピア(仲間)同士で学びあう風土をつくることは、エル・システマの背骨の一部を形成するようなものだといえる。私はアメリカでこのピア・ラーニングを確立することは、個人の能力、業績が重要視されるアメリカ社会においてもっとも達成が難しい課題だと思っている。
ピア・ラーニングを進めようと試みるとき、たいていの子どもたちはメンバーを手伝うということが何か、もしくはどうすればよいかが分からない。というのも彼らはこれまでそれを教えてもらったり、手本とすべき参考図書というものを持ってこなかったからである。ベネズエラでは、「皆で何かを達成したい」という意欲が感じられ、また子どもたちもエル・システマに参加するまさに初日からオーケストラに参加することが期待されている。こういったことにより、お互いをどうやって助け合うかということを学ぶ環境が確立されてきた。
南米との違いについて
アメリカと南米のこういった違いを生み出した構造的な差異の一つは、アメリカ国内の多くのユースオーケストラは年齢やレベルが近い子どもたちによって組織されているということだ。これは親の意向、それゆえ子どもの意向を反映させているためだ。困難が生じても、個人の能力がそれを補い、引っ張っていってくれるものだと彼らは考えている。
ベネズエラとコロンビアでの経験では、ユースオーケストラが年齢別で構成されていることは稀で、オーケストラでの演奏経験のレベルもより幅があった。それゆえほとんどの生徒は同じオーケストラに何年か所属し続ける。この際期待されているのは、よりレベルの高いオーケストラへ選抜されることではなく、それぞれのパフォーマンスを向上させ、それをオーケストラに還元していくことだ。また、子どもたちは初日から音楽家仲間として年上の生徒と一緒に演奏する。この年上の生徒はすぐコミュニケーションがとれ、将来こうなれるというモデルでもある。彼らはたいていオーケストラで複数年経験を積んでおり、尊敬でき、またかつてすぐそばで手助けをしてくれた身近な存在でもある。この交流こそがピア・ラーニングのサイクルを生み出す。
最近の取り組み
2017年の秋、私はボストンのJQOP(Josiah Quincy Orchestra Program)というオーケストラプログラムのメンターシッププログラムのディレクターに就任した。
このプログラムでは、北アメリカの地で南米のエル・システマのピア・ラーニングを取り入れようと試みてきた。10~11歳の年上の生徒たちと4~9歳の年下の生徒たちとの間の関係を築くことが、この過程の中で最初にして最重要のステップであり、年上の生徒たちは「お手本となるということはどういうことか」を学び、実際に年下のメンバーのお手本になるという経験をした。同様に年下のメンバーは、誰が年上のメンバーで、彼らは何ができて、またそれをどうやってやっているのかをわかろうとした。また、年齢の違う子どもたち同士のつながりや信頼関係を確立するために、年上のメンバーは年下の生徒たちからなる4つのオーケストラのうち1つを割り当てられ、週に1回の頻度であたかもそのオーケストラの正規の団員のように、リハーサルに通しで参加している。生徒たちはそれぞれのオーケストラがどう進行しているかを分析、発見し、そして自分がどのように年下の生徒たちを手伝えるのかを考えていく。
2つ目のステップは、年下のクラスのお手伝いとして交流する年上のクラスの生徒たちに、リハーサルの最中でも練習以外の場であっても、「余裕」を作ることだ。(それによって例えば、合奏のなかで自分の居場所を見失っている子や、演奏技術の面で問題を抱えている子を気遣ったり、また10分以内の短時間で、リハーサルの外に誘って何か違うことをしたりすることができる。)
年上の生徒は助っ人(ピア・ヘルパー)として、それぞれのオーケストラの特色やレベルを踏まえたうえで年下のメンバーを手伝い、また彼らの知識を年下の子どもにどう教えるかを学んでおり、それが結果としてオーケストラ全体を助けることになっている。年上の生徒がアンサンブルをゴールに設定することはとても重要なことだ。繰り返しになるが、もう一度。個人の成長ではなくオーケストラ全体での目標の達成に焦点を当てることをとても重要に思う。
これからの展望
ようやくピア・ラーニングがプログラムの終了の段階に近づいてきている。年上の生徒が注意深く割り振られ、年下の生徒に定期的に顔を合わせる。毎週約15分間、年上、年下、両方のグループの子が集い、かしこまり過ぎない雰囲気の中、音楽やおのおのが興味のあることなどを共有する場が設けられている。そのとき話題にあがるのは必ずしもオーケストラに関することではない。
この「個人的な」ピア・ラーニングというのはエル・システマのピア・ラーニングを代表するものではないが、私はオーケストラ・コミュニティ”Alumni”(卒業生、同窓生、の意味)の間の友情関係を築くための最適の方法だと思っている。生徒たちが単に楽器を一緒に練習するだけではなく、それを越えて長期的な友情を築くこと、エル・システマの社会的な側面での方針に沿った何かを創造することが私たちの望みである。
私たちは将来的に生徒たちがこういったピア・ラーニングでの役割を楽しみし、それが大きくなったらすぐ担うものと認識されるようになり、そして継続的で、終わることのないピア・ラーニングのサークルが確立されることを願っている。